大津市の建部大社(1)

●建部大社(たてべたいしゃ)・・・滋賀県大津市神領1丁目16-1。
●ご由緒・・・当社は古来、建部大社、建部大明神などと称え、延喜式内名神大社に列し、又近江国の一之宮として朝野の崇敬篤く、長い歴史と由緒を持つ全国屈指の古社です。御祭神、日本武尊は御年僅に16才にて熊襲を誅し、更に東夷を平定され、遂に32才にして伊勢の能褒野において崩御されましたが、父君景行天皇は尊の永逝をいたく歎かれ、御名代として建部を定め、その功名を伝えられました(日本書紀にしるされている)これが即ち建部の起源です。景行天皇の46年、神勅により御妃 布多遅比売命(ふたじひめのみこと)(父は近江安国造)が、御子稲依別王(いなよりわけのみこ)と共に住まわれていた神崎郡建部の郷(御名代の地)に尊の神霊を奉斎されたのが当社の草創であって、その後天武天皇白鳳4年(675年)、当時近江国府の所在地であった瀬田の地に迀祀し、近江一宮として崇め奉ったのが現在の当大社です。歴朝の御尊信篤く、武門武将の崇敬枚挙にいとまなく、とくに源頼朝が平家に捕われ、14才にして伊豆に流されるため、京都から関東に下向の折、永暦元年(1160年)3月20日当社に参篭して前途を祈願した事が平治物語に記されています。遂に頼朝は源氏再興の宿願成って、建久元年(1190年)11月右大将として上洛の際、再び社前で祈願成就の神慮に対し、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされたのです。爾来当大社が出世開運、除災厄除、商売繁盛、縁結び、医薬醸造の神として広く崇敬される所以です。(建部大社のHPより)
●ご祭神・・・本殿は 日本武尊)(やまとたけるのみこと)。権殿は 大己貴命(おおなむちのみこと)
●旧紙幣千円札・・・昭和20年、日本で初の千円紙幣に日本武尊と建部大社本殿が描かれています。わずか7ヶ月間という通用期間であった為、幻の紙幣とされています。終戦直後の昭和20年8月に発行。最高額の日本銀行券であり、日本で初の千円紙幣です。当時の最高額紙幣にふさわしく、それまでのお札に比べ、最も多くの刷色を用いて作られました。
●女神像・・・中央が日本武尊の御妃、両脇が御子であるとされています。平安時代の作で、重要文化財に指定されています。
●菊化石・・・菊の紋様をおもわせる自然の化石です。これほど鮮明で大きなものは珍しいといわれています。


近江国の一之宮の建部大社(2022/10/27)
建部大社の参道と二の鳥居(2022/10/27)
建部大社のご由緒(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の参道の掲示板(2022/10/27)
建部大社の説明版(2022/10/27)
建部大社の説明版(2022/10/27)
建部大社の手水舎(2022/10/27)
建部大社の手水舎(2022/10/27)
建部大社の神門(2022/10/27)
建部大社の御神木の三本杉・・・孝徳天皇の御代天平勝宝7年(755年)大己貴命を権殿へと奉祀された際、一夜にして成長したと伝わる御神木の三本杉。
その奥は拝殿(2022/10/27)
建部大社の拝殿(2022/10/27)
建部大社の拝殿の前の狛犬(2022/10/27)
建部大社の拝殿の前の狛犬(2022/10/27)
建部大社の拝殿を横から撮る(2022/10/27)
建部大社の本殿と権殿前の狛犬(2022/10/27)
建部大社の本殿と権殿前の狛犬(2022/10/27)
建部大社の左の拝殿と右奥の本殿と右手前の権殿(2022/10/27)
建部大社の向かって左の本殿と右の権殿(2022/10/27)
建部大社の向かって左の本殿と右の権殿(2022/10/27)