下諏訪町の万治の石仏・青塚古墳
●下諏訪町の万治の石仏・・・・・明暦3年(1657年)、諏訪高島三代目藩主忠晴が、諏訪大社下社春宮に大鳥居を奉納しようとした時のこと。
石工がこの地にあった大きな石を使おうとノミを打ち入れたところ、血が流れ出た。
驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立したのがこの石仏だと伝えられています。
建立した願主が、万治3年(西暦1660年)と刻まれていることから、万治の石仏と称されることになりました。
巨大な自然石の胴体に対してアンバランスな頭がちょこんと乗るユーモラスな風貌に加え、胸部に描かれた逆卍(ぎゃくまんじ)や雷、月や太陽などの記号がミステリアスで、
1974年に下諏訪を訪れた芸術家、岡本太郎氏(1911-1996)がカメラを持つ手をふるわせながら「世界中歩いているが、こんなに面白いものは見たことがない」と絶賛し、
講演又は雑誌等で全国に紹介されたことから有名になりました。
●万治の石仏の寸法・・・・・素材:自然石(安山岩) 高さ:260cm 横:380cm 奥行:370cm 胴回り:1185cm 顔の長さ:65cm 顔回り:138cm
●下諏訪町の青塚古墳・・・・・この墳丘は、諏訪地方では唯一の前方後円墳の一種である。その規模は、墳長57mで、後円部径(南丘)は24mであるが、東側は削られ部分を復元すれば径34mほどの大きさとなる。
高さは8.1m、前方部(北丘)は径35m、高さ7.7mで復元すると 40mほどになるが東側は削られ、西側には青塚社があるなどで奇妙な形となっている。
石室は後円部の西側に開口し、半分以上が露出している。安山岩の自然石で積み、天井石も大きな平石を使用しているが、羨道(せんどう)部は破壊されている。全長約5.5m、奥壁幅2.15m、石室床面のレベルは墳(ふん)裾(きょ)より約5.0m上っている。
石室は横穴式石室で、諏訪地方の小円墳と全く同じ様式であり、羽子(はご)板状を呈している。この石室内部からの遺物は須恵器の杯(つき)、小玉以外は全くその所在や伝承すら残っていない。
墳麓(ふんろく)には円筒埴輪(はにわ)が発見され、これも諏訪で唯一である。(下諏訪町HPより)
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の岡本太郎筆の石碑(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の説明版(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の説明版とお参りの仕方の説明版(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の説明版(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の正面(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の裏側(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏の側面(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏を削った跡(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の諏訪市の万治の石仏(2019/10/9) |
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下諏訪町の青塚古墳の説明版(2019/10/9) |
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下諏訪町の青塚古墳(2019/10/9) |
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下諏訪町の青塚古墳(2019/10/9) |
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下諏訪町の青塚古墳(2019/10/9) |
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下諏訪町の青塚古墳(2019/10/9) |
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