桐生市の賀茂神社

●賀茂神社(かもじんじゃ)・・・・・所在地 群馬県桐生市広沢町6丁目833番地  群馬県桐生市広沢町にある神社。式内社で、旧社格は郷社。
●祭神・・・・・賀茂別雷神
●歴史・・・・・崇神天皇の代に、豊城入彦命が山城国の賀茂神を勧請したと伝わる。延暦15年(796年)に美和神社とともに官社に列した(『日本後紀』)。元慶4年(880年)美和神社、甲波宿禰社、小祝社とともに正五位下勲十二等(『三代実録』)。 延喜式神名帳では山田郡小社賀茂神社として挙げられている。上野国神名帳では「従一位 加茂大明神」として見える。源義家が後三年の役に出征するに際し当社に祈願し、凱旋の時神楽を奏したとの伝承がある。 隣接する法楽寺はもとは当社の別当寺であり、同寺に伝わる木彫懸仏(桐生市指定重要文化財)は室町時代に作られた当社の御正体であると考えられている。明治5年(1972年)10月郷社に列せられた。 太平洋戦争末期には空襲の激化に対応して、神体と参拝者の待避所とするため神社裏に横穴を掘り、昭和20年(1945年)5月24日に神体と神宝を奉遷した。
●伝説・・・・・ アオダイショウの尾の切れたものが当社の神使であるとされ、殺傷すると祟りがあるという。当社の神は白馬を嫌うとされ、氏子は白馬を飼うことがない。他村の者が社前を白馬を牽いて通るだけで咎があったという。 当社の氏子は鍛冶屋と桶屋を忌むといい、その音を神が嫌うことが理由であるとされる。当社の氏子は陸稲を作っても実らないとも変事があるともされ、陸稲を作ることがないとされる。(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」のHPより)



 
桐生市の賀茂神社と彦部家住宅との散策の道案内(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の神社の標柱と境内入口の鳥居(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の境内入口の鳥居(2015/2/1)
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桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の拝殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の石灯籠・・・ 南北朝時代、永和4年(1378年)の作。(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿と石灯籠・・・ 南北朝時代、永和4年(1378年)の作。(2015/2/1)
桐生市の賀茂神社の本殿(2015/2/1)