高崎市の榛名神社(2)

●榛名神社(はるなじんじゃ)・・・・・所在地  群馬県高崎市榛名山町849番地  群馬県高崎市榛名山町にある神社。式内社、上野国六宮で、旧社格は県社。 
●概要・・・・・赤城山・妙義山と共に上毛三山の一つとされる榛名山の神を祀る神社で、現在の主祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神である。水分神・高靇神・闇靇神・大山祇神・大物主神・木花開耶姫神を合わせ祀る。 境内から古代の僧坊の遺跡が出土しているように古くから神仏習合の体をなしており、中世以降は「満行権現」と称され本地は地蔵菩薩とされていた。近世には榛名山巌殿寺という寺院として扱われ、境内に三重塔(神宝殿)が現存する。 近世には祭神は上段に埴山神、中段に国常立神・伊弉諾神・伊弉冊神・大己貴神、下段に饒速日尊・彦湯支神とされていたが、『榛名山志』では東相殿に饒速日尊、中殿に元湯彦命、西相殿に熟真道命と記されている。明治元年に現在の二柱に改められた。 榛名神社の社叢を中心とした地域は群馬県緑地環境保全地域となっている。
●歴史(古代)・・・・・古代『榛名神社社記』によれば、綏靖天皇の時代に饒速日命の子・可美真手命父子が山中に神籬を立て天神地祇を祀ったのが始まりとされ、用明天皇元年(586年)に祭祀の場が創建されたと伝えられている。 榛名神社の文献上の初見は延長5年(927年)完成の延喜式神名帳で、上野国十二社のうち群馬郡小社として記載されている。榛名山は古代には「いかほのねろ」と呼ばれており、延喜式神名帳には榛名神社以外にも榛名山を信仰の対象とするとみられる神社として群馬郡小社の伊香保神社(上野国三宮)の名が見える。このような2社の存在は伊香保神社による渋川側からの水沢山を対象とする信仰と、榛名神社による高崎側からの相馬山を対象とする信仰が併存していたことを示しているとみられている。尾崎喜左雄は祭祀主体として古代豪族を想定し、伊香保神社を有馬氏、榛名神社を車持氏によるものと説明している。このように、古代には榛名山を祭祀対象として、豪族の居住地に近い山の麓で祀られていたとみられている。 現在のような山中で祀られるようになったのは、仏教、特に密教との関係によるものと考えられている。榛名神社境内の参道西側、獅子岩の前後に平地が段々に作られており、そこからは小金銅仏や寛平大宝が出土して「榛名神社巌山遺跡」と呼ばれている。この遺跡は僧坊跡と推定されており、9世紀に修験の道場として開かれたと考えられている。 長元年間(1028年 - 1037年)成立と推定される『上野国交替実録帳』(九条家本『延喜式』裏文書)群馬郡の項に「正 位椿榛明神社」とあるのが当社であると考えられており、玉殿・幣殿・鳥居・美豆垣・荒垣など社殿が整えられていたことが確認できる。
●榛名講・・・・・江戸時代には榛名神社を信仰する榛名講が関東甲信越・陸奥国に広がりを見せた。榛名講の普及には参道の各坊の御師が大きな役割を果たした。榛名山の御師の初見史料は天正8年(1580年)の伊勢御師・三日市太夫次郎秀長から榛名山御師・光吉に宛てた文書であり、寛永13年(1636年)の「般若坊分家ニ付旦那場書上帳」には講についての記述が見える。坊はそれぞれが自身のテリトリーである「檀那場」を持ち、最大で年4回檀那場の村々を回り、初穂料を集めて札を配布した。講の村では榛名日待と称して講員が1軒に集まって榛名神を祀り、代表者2名ほどが榛名山に参拝を行った。これを代参講と言い、多くの場合は2月から5月に行われた。代参に来た者は御師の坊に宿泊して参詣を行い、授与された神札を持ち帰って講中の他の者に配布する。近隣の村から来る場合や、伊香保温泉に宿泊する場合は日帰りの「昼代参」が行われることもあった。また代参講を繰り返し、講員全員が参拝を経験すると、翌年に全員で参拝する太々講も行わることがあった。 講の総数は10,620に及んだ。江戸の商人たちで構成された「江戸太々神楽講中」は鞍掛岩に祀られていた鞍掛不動尊の石像を再建し、その講員でもあった塩原太助は参道の石玉垣の寄進や天神峠に石灯籠の寄進をするなどしている。(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」のHPより)



 
高崎市の榛名神社の三重塔(神宝殿)前にて(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の三重塔(神宝殿)(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の三重塔(神宝殿)(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の三重塔(神宝殿)(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の三重塔(神宝殿)(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の御庁宣の碑の前にて(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の御庁宣の碑の前にて(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の落石防止の参道(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の落石防止の参道(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神橋(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神橋(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神橋(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の東面堂の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の東面堂(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の萬年泉(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の瓶子の滝(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の武田信玄が戦勝祈願したといわれている矢立杉(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の武田信玄が戦勝祈願したといわれている矢立杉(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神幸殿(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神幸殿(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神幸殿(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神幸殿(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の神門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門の前にて(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の文化財の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の祭礼の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門の前にて(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門の前の解体修理の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門の前の保存修理の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の双龍門(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の修復工事中の額殿とその右の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の国祖社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の杵築社(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の社殿の保存修理の説明版(2025/6/27)
高崎市の榛名神社の社殿の保存修理の説明版(2025/6/27)