前橋市の大洞赤城神社

●名神大社「赤城神社」・・・・・延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳』には、名神大社として「上野国勢多郡 赤城神社」と記載があり、以下の3社が論社とされている。
◆赤城神社(大洞赤城神社) (群馬県前橋市富士見町赤城山) - 旧郷社。
◆赤城神社(三夜沢赤城神社) (群馬県前橋市三夜沢町) - 旧県社。
◆赤城神社(二宮赤城神社) (群馬県前橋市二之宮町) - 旧郷社。
●大洞赤城神社(だいどうあかぎじんじゃ)・・・・・所在地 群馬県前橋市富士見町赤城山4-2  赤城神社(あかぎじんじゃ)は、群馬県前橋市富士見町赤城山にある神社。式内社(名神大社)論社、上野国二宮論社。旧社格は村社。赤城山信仰の神社であり、赤城大明神や豊城入彦命ほか数柱を祭神とし、赤城山と山頂にある湖の大湖(おの)と小湖(この)を御神体としている。正式名称は赤城神社であるが、他の赤城神社との区別のため「大洞赤城神社(だいどう-)」とも呼ばれる。関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの1つである。
●祭神・・・・・正殿・・・赤城大明神 大国主命(大穴牟遅神) 磐筒男神 磐筒女神 経津主神 豊城入彦命
●創建・・・・・創建は不詳。社伝では、豊城入彦命が上毛野を支配することになった際に山と沼の霊を奉斎したという。その後、允恭天皇・用明天皇の時代に社殿を創設したと伝える。創祀当初は神庫山(ほくらやま:後の地蔵岳)中腹に祀られていたというが、806年(大同元年)、大沼(おの)の南の畔(現在の大洞旧社地)に遷座し、小沼の畔には小沼宮(このぐう:後の豊受神社)が建てられた。その際の年号に因んで神社周辺は「大洞(だいどう)」と呼ばれるようになったといい、通称として「大洞赤城神社」とも記される。ただし「大洞」は「大堂」とも書かれたといい、山頂に堂があったとも伝える。 山の赤城大明神、沼神の赤沼大神として古代から祀られたといい、湖からは古くに祭祀に使われた鏡も発見されている。(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」のHPより)



 
大洞赤城神社の大鳥居・・・山麓の小暮交差点に所在する。高さ21.3m、幅28m。現在の鳥居が建てられる以前の旧一の鳥居は交差点東北方の小暮神社にある。この鳥居は天明4年(1784年)に登山口に設置された。昭和の赤城有料道路建設に伴い大洞に移築したが風雪が厳しさのため、小暮に戻された。(2025/6/26)
大洞赤城神社の大鳥居(2025/6/26)
大洞赤城神社の大鳥居(2025/6/26)
大洞赤城神社の手水舎(2025/6/26)
大洞赤城神社の文化財の説明版(2025/6/26)
大洞赤城神社の石碑(2025/6/26)
大洞赤城神社の石碑(2025/6/26)
大洞赤城神社の由緒記(2025/6/26)
大洞赤城神社の由緒記(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿前の石灯籠(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿前の狛犬(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿の奥の本殿と左側の社務所・御祈願殿(2025/6/26)
大洞赤城神社の拝殿とその奥の本殿(2025/6/26)