高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳


保渡田・井出にまたがる田園のなかに大きな丘が3つ点在します。これが保渡田古墳群です。古墳群の中央を東西に走る道路から南にみえるのが井出二子山古墳、北東に八幡塚古墳、北側で西光寺を載せるのが薬師塚古墳です。 これらは、前方後円墳という形で、約1500年前の豪族が葬られた墓です。いずれも墳丘長約100メートルで、広大な二重の堀を巡らし、多量の埴輪を立て並べていました。
薬師塚古墳出土の馬具等の国重要文化財の一部は、隣接する「かみつけの里博物館」で展示されています。(高崎市HPより) 
薬師塚古墳は、天和3年(1683年)に発掘されたとされる凝灰岩製の舟形石棺(長さ2.9メートル)が後円部頂部に保存されている。その時に出土した仿製(ぼうせい)内行花文鏡、鋳銅製馬具類[6]、玉類が西光寺に伝来・保管されており、重要文化財に指定されている。薬師塚古墳は、保渡田古墳群のなかでは最後(5世紀末~6世紀初頭)に築造された古墳。 墳長105m(周濠を含めた全長は165m)で、後円部の頂上には凝灰岩をくりぬいた舟形石棺が配されていました。 薬師塚古墳の墳丘部が西光寺の堂宇や墓地のため、南側から東側にかけてかなり削り取られている。墳丘長100メートルを超え、二重に周壕を巡らしていたと推定されている。葺石が葺かれ、埴輪類が配置されていた。埋葬施設は舟形石棺で、江戸時代に掘り出され、墳丘上に保存されている。薬師塚古墳は、現在は西光寺境内となっていて、墳丘は著しく変形(本格的な発掘調査も実施されていません)。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


高崎市の保渡田古墳群の西光寺の本堂(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の後円部墳頂へ昇る階段と古墳の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の後円部墳頂は削られて、赤い屋根のお堂が建っていて、お堂の右横手には覆屋があり、舟形石棺が保管してある(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の後円部墳頂は削られて、赤い屋根のお堂が建っていて、お堂の右横手には覆屋があり、舟形石棺が保管してある(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(側面に2対、小口側に1対の計6個の縄掛突起がある)(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(側面に2対、小口側に1対の計6個の縄掛突起がある)(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(側面に2対、小口側に1対の計6個の縄掛突起がある)(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(側面に2対、小口側に1対の計6個の縄掛突起がある)(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(凝灰岩を刳り抜いたもの)(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の西光寺の薬師塚古墳の舟形石棺(側面に2対、小口側に1対の計6個の縄掛突起がある)(2012/7/8)