高崎市の保渡田古墳群の二子山(ふたごやま)古墳


保渡田・井出にまたがる田園のなかに大きな丘が3つ点在します。これが保渡田古墳群です。古墳群の中央を東西に走る道路から南にみえるのが井出二子山古墳、北東に八幡塚古墳、北側で西光寺を載せるのが薬師塚古墳です。 これらは、前方後円墳という形で、約1500年前の豪族が葬られた墓です。いずれも墳丘長約100メートルで、広大な二重の堀を巡らし、多量の埴輪を立て並べていました。
二子山古墳は発掘前の古墳の形状をできるだけ変えない手法で整備されました。古墳の堀にはコスモスが植えられ、多くの見学者が訪れています。(高崎市HPより) 
二子山古墳は墳丘長108メートル、後円部径74メートル、高さ10メートル、墳丘部が三段築成で、前方部幅71メートル、高さ7メートル。周濠は馬蹄形で二重に造られており、内濠部に後円部を囲むようにくびれ部と斜面側後方部分に中島を4基配置している。墳丘・中島・中低部とも川原石で葺石としている。円筒埴輪列を巡らしている。墳丘北側の中堤部分の一角から外濠西北隅の外側部分に人物埴輪や飾馬(馬具を装着したウマ)・イノシシ・イヌ・盾・蓋(きぬがさ)・家などの形象埴輪[3]を配置した区画が見つかっている。 築造年代は、5世紀代の後半も終わりに近い頃から6世紀前半代にかけてであり、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の順に造営されたと推定されている。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の案内(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘の登り路(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の全景の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の全景の石の模型(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の外堀から中堤を通り内堀を過ぎて墳丘へ登る(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の外堀の外を一周できる通り道と内堀の外を一周できる中堤の道の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の外堀の外を一周できる通り道と内堀の外を一周できる中堤の道の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の内堀の外を一周できる中堤の通り道の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の内堀の外を一周できる中堤の通り道の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳内堀を過ぎて墳丘への登り口の階段(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘上の埋葬されていた石棺の中味の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘上の埋葬されていた石棺の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘上の埋葬されていた石棺の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘上の埋葬されていた石棺の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘の登り口から見た内堀の中の中島(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中島の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の3段の墳丘の説明版(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤から見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤から見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤の休憩用のベンチから見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤から見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤から見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の中堤から見た墳丘の様子(2012/7/8)
高崎市の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘への別の登り路(2012/7/8)