白山平泉寺/平泉寺白山神社

●白山平泉寺/平泉寺白山神社・・・・・住所 福井県勝山市平泉寺町平泉寺  境内は一面に緑の美しい苔で覆われ「苔宮」「苔寺」とも呼ばれますが、現在は明治の神仏分離令により寺号を廃止し、白山神社となっています。 養老元年(717年)に泰澄大師によって開かれたと伝わり、白山信仰の越前側の拠点となりました。平安後期には天台宗比叡山延暦寺の末寺として発展し、最盛期の戦国時代には、48社、36堂、6,000の坊院が建ち並び、寺領は9万石・9万貫、8,000人もの僧兵がいたと伝えられ、当時は日本屈指の宗教勢力であったようです。 天正2年(1574年)、織田信長方に属していた白山平泉寺は、越前の一向一揆勢に攻められ全山が焼失、10年後に一部再興されましたが、境内は元の10分の1程度にすぎず、多くの坊院跡は山林や田畑の下に埋もれました。 白山平泉寺の境内は、現在の平泉寺区集落を含む東西約1.2km、南北約1.0kmの範囲と推定され、平成元年(1989年)から始まった発掘調査によって、当時の遺構がそのまま平泉寺区の地中に埋もれていることが判明。遺跡の広大さや保存状態が良好であることから、旧境内全域が国史跡に拡大指定され、名称も「白山平泉寺旧境内」となりました。(福井県公式観光サイト/ふくいドットコムHPより)



 
白山平泉寺の散策マップ(2025/5/31)
白山平泉寺の散策マップの拡大図(2025/5/31)
白山平泉寺の精進坂(旧参道)(2025/5/31)
白山平泉寺の精進坂(旧参道)にある、右は社号標で左は参道標で奥に見えるのは一の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の塔頭の顕海寺(2025/5/31)
白山平泉寺の塔頭の顕海寺(2025/5/31)
白山平泉寺の塔頭の顕海寺(2025/5/31)
白山平泉寺の一の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の白山神社の由緒説明(2025/5/31)
白山平泉寺の白山神社の由緒説明(2025/5/31)
白山神社の社務所(玄成院)(2025/5/31)
白山平泉寺の参道と奥に見える二の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の御手洗池(2025/5/31)
白山平泉寺の御手洗池(2025/5/31)
白山平泉寺の御手洗池(2025/5/31)
白山平泉寺の屋根のある二の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の屋根のある二の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の屋根のある二の鳥居(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の扁額(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の左奥の越南知社(おおなむちしゃ)(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社の説明版(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社の説明版(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社(2025/5/31)
白山平泉寺の拝殿の裏の本社の扁額(2025/5/31)