秩父札所26番圓融寺・奥の院の岩井堂

●萬松山圓融寺(ばんしょうざんえんゆうじ)・・・・・住所 埼玉県秩父市下影森348 秩父札所26番 万松山 円融寺(ばんしょうざん えんゆうじ)は、15世紀末から16世紀初めに創建されたとされています。 その後、秩父観音霊場の1つであった岩井堂が管理するお寺となったと伝えられています。円融寺は、本堂と奥の院とに分かれています。円融寺の本堂で御朱印をいただくことができますが、秩父観音霊場のご本尊は奥の院にまつられています。(秩父札所連合会のHPより)
●本尊(聖観世音菩薩)・・・・・御本尊は、もともと本奥の院 岩井堂に安置されていたものですが、岩井堂は無人で山の上にあることから、現在は円融寺の本堂に納められています。
●奥の院の岩井堂・・・・・本堂から奥の院まで道のりの途中には、いかにもお遍路の巡礼道らしい300段の石段があります。 奥の院にある観音堂は、朱塗りで“舞台造り”になっています。(秩父札所連合会のHPより)


 
圓融寺の説明版(2024/6/9)
圓融寺の「景清牢破り」納額の説明版・・・・・烏山石燕は、江戸中期の狩野派の絵師で、題材になっている“景清“とは、平景清のこと。平安時代末期の源平合戦において源氏側に敗れ捕まるも、牢を破ったという逸話は、浄瑠璃や歌舞伎の演目として現代にも受け継がれています。 この扁額は、江戸時代の明和元年(1764年)に、江戸の護国寺で行われた秩父三十四観音総出開帳の際に奉納されたもの。埼玉県の文化財にも指定されています。(2024/6/9)
圓融寺の山門とその奥の本堂(2024/6/9)
圓融寺の本堂・・・・・江戸時代中期の建物との事(2024/6/9)
岩井堂への山道の入口の道しるべの石(2024/6/9)
岩井堂への山道のいかにもお遍路の巡礼道らしい300段以上の石段(2024/6/9)
岩井堂の山道の300段以上の石段(2024/6/9)
岩井堂の山道の300段以上の石段(2024/6/9)
岩井堂の山道の300段以上の石段(2024/6/9)
岩井堂の近くの案内図(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の手前の最後の石段(2024/6/9)
岩井堂の朱塗りの観音堂の舞台づくりの土台(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂の裏側の岩窟の石仏や仏塔(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂の納額・・・・・かつて、この霊場を保護したのは、秩父地方の豪族。秩父次郎重忠も、先代から受け付けぎこの霊場を保護し、霊験を得た人物でした。(2024/6/9)
岩井堂の観音堂の納額・・・・・納額には下に「秩父宮側 三千女」と書かれている。1988年から25年かけて描き、34札所すべてに秩父市宮側町の「浅賀ちょうちん店」の浅賀三千子さんが奉納した額との事です(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂(2024/6/9)
岩井堂の観音堂正面の扉のりっばな彫刻(2024/6/9)
岩井堂の観音堂正面の扉のりっばな彫刻(2024/6/9)
岩井堂の観音堂正面の扉のりっばな彫刻(2024/6/9)
岩井堂の観音堂正面から下の参拝者を見る(2024/6/9)