米沢市の春日山林泉寺
●米沢の春日山林泉寺・・・・・上杉謙信を継いだ上杉景勝は、慶長3年(1598)に越後から会津120万石に移封となり、同6年には米沢30万石に削封、菩提寺の林泉寺もこれに伴って米沢に移りました。なお、高田にも林泉寺が残りました。 米沢藩時代の林泉寺は、藩主菩提寺として厚く信仰され、領内の曹洞宗寺院を統括する触頭(ふれがしら)に命じられ、元和5年(1619)に現在地に壮大な伽藍が建てられました。この伽藍は享保17年(1731)の火災で焼失、その後再建されたのが現在の本堂になります。
境内の一角には藩主の奥方・子女・支侯家(しこうけ=分家)の廟所があり、景勝正室(武田信玄の娘菊姫)、綱勝正室(保科正之の娘媛姫)、治憲(鷹山)側室お豊の方の墓などが並んでいます(歴代藩主は御廟所)。
中でも綱勝正室の媛姫の墓は一段と大きな万年堂(中に一石五輪塔が納められている)で、わずか19歳で亡くなった媛姫を想う綱勝の気持と、媛姫の父保科正之(徳川家光の異母弟)の大きな力が感じられます。この後、綱勝の急死で上杉家は断絶の危機を迎えたが、正之の尽力によって救われました。
お豊の方の墓(万年堂)は、早世した次男寛之助の墓と並んで建っています。
なお、上杉家一族の廟所は、極楽寺(浄土宗)と法泉寺(臨済宗)にもあります。(米沢市のHPより)
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米沢市の春日山林泉寺(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の本堂(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の上杉家廟所(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の上杉家廟所の墓の説明版(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の会津夫人 媛姫(上杉綱勝 正室)の墓(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺のお豊の方の墓の説明版(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺のお豊の方の墓とその右の早世した次男寛之助の墓(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の仙洞院(上杉景勝の母)の墓(2018/10/25) |
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米沢市の春日山林泉寺の上杉家の分家の米沢新田一万石の上杉駿河守勝周の墓(2018/10/25) |
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