富岡市の一之宮貫前神社(1)

●一之宮貫前神社・・・・所在地 群馬県富岡市一ノ宮1535 群馬県富岡市一ノ宮にある神社。式内社(名神大社)、上野国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
●概要・・・・・群馬県南西部、鏑川左岸の河岸段丘上に鎮座し、信州街道に面する。物部君(毛野氏同族)が祖神を祀ったことに始まり、古代には朝廷から、中世以降は武家からも崇敬された。 境内は正面参道からいったん石段を上がり、総門を潜ったところから石段を下ると社殿があるという、いわゆる「下り宮」と呼ばれる配置となっている。社殿は江戸時代に第3代将軍徳川家光・第5代綱吉により整えられ、本殿・拝殿・楼門等が重要文化財に指定されている。また、鹿占習俗(国選択・県指定無形民俗文化財)を始めとした多くの特殊神事を行っている。
●祭神・・・・・祭神は以下の2柱。経津主神(ふつぬしのかみ)・・・・・葦原中国(日本)平定に功績があったとされる神。貫前神社では物部氏の祖神と紹介している。 姫大神(ひめおおかみ)・・・・・祭神の名前は不詳。一説には、綾女庄(当地の古い呼称)の養蚕機織の神とされる。
●創建・・・・・社伝によると、創建は安閑天皇元年(534年?)3月15日、鷺宮(現 安中市の咲前神社に比定)に物部君姓磯部氏が氏神である経津主神を祀り、荒船山に発する鏑川の流域で鷺宮の南方に位置する蓬ヶ丘綾女谷に社を定めたのが始まりといわれる。その後、天武天皇2年(私年号では白鳳2年、673年)に最初の奉幣が行われた。 一方、室町時代成立の『神道集』には、安閑天皇2年(535年?)3月中頃に抜鉾大明神が笹岡山に鉾を逆さに立てて御座、白鳳6年(677年)3月に菖蒲谷に社壇が建立されたと記載されている。(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」のHPより)



 
初詣の貫前神社の総門前にて(2014/1/3)
初詣の貫前神社の総門をくぐり抜けて石段を下ると楼門につく(2014/1/3)
初詣の貫前神社の楼門とその手前左側のの手水舎(2014/1/3)
初詣の貫前神社楼門手前の御札等の販売所(2014/1/3)
初詣の貫前神社の総門から楼門までの石段の下り坂の参拝者と右側の摂社の月読神社(2014/1/3)
初詣の貫前神社の拝殿(2014/1/3)
初詣の貫前神社の拝殿の屋根(2014/1/3)
初詣の貫前神社の拝殿(2014/1/3)
初詣の貫前神社の拝殿とその右の本殿(2014/1/3)
初詣の貫前神社の本殿と周りの透塀(2014/1/3)
初詣の貫前神社の手前右の神楽殿前の広場(2014/1/3)
初詣の貫前神社(2014/1/3)
初詣の貫前神社の左側の楼門とその廻廊と右側の拝殿とその右側の本殿と一番手前の右側の神楽殿(2014/1/3)
貫前神社の参道入口(2025/6/28)
貫前神社の上り坂の参道入口(2025/6/28)
貫前神社の上り坂の参道入口(2025/6/28)
貫前神社の大鳥居前(2025/6/28)
貫前神社の大鳥居(2025/6/28)
貫前神社の大鳥居(2025/6/28)
貫前神社の総門と左右の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門と左右の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門横の説明版(2025/6/28)
貫前神社の総門前の左右の唐銅製燈籠の説明版(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって左の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠に刻まれている先祖の俵屋新兵衛さんの名前を見つけている妻のけい子(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠に刻まれている先祖の俵屋新兵衛さんの名前を見つけている妻のけい子(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠の下の段のまん中あたりに三両寄付した妻のけい子の先祖の高崎の四ツ屋町の商人の俵屋新兵衛さんの名前がある(2025/6/28)
貫前神社の総門前の向かって右の唐銅製燈籠の下の段のまん中あたりに三両寄付した妻のけい子の先祖の高崎の四ツ屋町の商人の俵屋新兵衛さんの名前がある(2025/6/28)